【番外編】なぜ私は2社目を辞めたのか|生産技術エンジニアが環境・文化のズレで選んだ決断

キャリア・転職

転職して入った2社目での給料も待遇も決して悪くない環境でも、私は4年で辞める決断をしました。その背景には、「話が通じる人がいない」「組織として生産技術が成立していない」といった職場環境・上司・文化のズレがありました。本記事では、私はなぜ2社目を辞める決断に至ったのかを体験談として詳しく振り返ります。

▶ 2社目(自動車メーカー)キャリア連載(全6回+総集編)
①【1年目】転職初年度の“ギャップ地獄”。給料1.5倍でもストレス3倍
②【2年目】試作ノルマと理不尽な要求…“試作作業員”になった年
③-1【3年目前半】やっと設備検討らしい仕事が戻り、前職経験が武器に
③-2【3年目後半】“地獄の立会い”と会社の闇。製造×保全×メーカーの板挟み
④-1【4年目前半】未完成設備の搬入&試作地獄ふたたび。終わらない改善要求
④-2【4年目後半】量産設備検討と転職の決意。“本物の技術者”を求めた瞬間
◎【総集編】試作・量産設備・働き方・価値観の整理と2回目の転職の決断
◎【番外編】なぜ私は2社目を辞めたのか|職場環境まとめ ←今ここ


1|“話が通じる人がいない”という根本的な苦しさ

私が2社目で最も苦しんだのは、
生産技術として当たり前の会話ができる相手がほとんどいない環境でした。

■ 係長(50代後半):過去最強のやばい上司

  • すぐキレる
  • 指示は「早くやれ」だけ
  • マネジメント能力ほぼゼロ
  • 技術議論不可
  • 過去に問題を起こしたこともあり「怖い」だけの存在

毎日“緊張と我慢”がセットのような職場でした。


■ 課長(40代前半):スカウトしてくれたが、技術の話が成立しない

  • 生産技術の経験が薄い
  • 上からの依頼をただ下へ流すだけ
  • 技術議論がかみ合わない

「この人と一緒に生産技術をやっていくのは厳しい…」
そんな思いが徐々に強くなりました。


■ 部長(50代後半):実質的に“飾り”

決裁権を持っているのは役員で、部長はほぼ機能していない。
さらに、

  • 細かいことをネチネチ言う
  • 自慢話が多い

技術組織を引っ張るリーダーではありませんでした。


■ 役員(60代後半):昭和のパワハラ型、怒号が飛び交う環境

最終面接で圧をかけてきたあの役員が、
なんと毎日同じフロアの真ん中に鎮座。

  • 連日の怒号
  • 常に監視されているような緊張感
  • 課長は毎朝7〜10時まで進捗会で詰められる地獄

「ここに長くいたら、心が壊れる…」
そう思うほどの環境でした。


2|“生産技術がいない生産技術部”という矛盾した組織

2社目の本質的な問題は、人だけではありません。

そもそも生産技術を育てる土台が整っていない組織だった。

■ 元は材料開発部。生産技術経験者がほぼゼロ

  • 機械系出身者が少ない
  • 生産技術の常識が共有されない
  • 設備の話が通じない

技術がわかる人と議論できる瞬間がほぼありませんでした。


■ 辞める人が多い“消耗型組織”

  • 中途も多いが、数年で辞める人が非常に多い
  • 同期4人のうち3人が5年以内に再転職
  • 優秀な人ほどすぐに辞める

「人が定着しない組織ってこういうことか…」
と強く実感しました。


■ 学歴は高いけれど“実務が弱い”

東大卒も多く、頭は良い。
しかし、

  • 実務が弱い
  • 設備経験がない
  • 他部署の“微妙な人材”が流れてくる

技術者としての成長や議論が深まる環境ではありませんでした。


3|管理職は“出世=罰ゲーム”という狂った構造

組合員(一般社員)は守られている一方で…

■ 管理職になった途端、地獄が始まる

  • 毎朝7〜10時の役員進捗詰め
  • 怒号が飛び交う
  • 帰る頃には精神がすり減っている
  • 病んで人格が変わった人もいる

“昇格=幸福”ではなく
“昇格=罰ゲーム” の会社でした。


4|そんな中でも得られた武器は大きかった

辞める理由は多かったものの、
2社目で得た経験は確実に今の私の財産になっています。

・ 上流工程(工法開発)の経験
・外製設備導入の一連の流れを体得
・大規模設備(数億円)のプロジェクトを経験
・数十件の特許出願でアイデアを形にする力がついた

1社目では得られなかったスキルが、ここで一気に育ちました。


5|そして私は決めた。“スキルを伸ばすために辞める”という選択

周りからはこう言われました。

「給料も高いし、安定してるし、辞めるなんてもったいないよ」

確かに、給与水準は高く、会社としての安定性もありました。

でも私は思ったんです。


『もったいないのは、成長できない環境に居続けることだ』

2社目で積み上げた経験は大きかった。
でも、

  • 本物の生産技術者と働きたい
  • 技術議論ができる環境に戻りたい
  • エンジニアとしてもっと成長したい

そう考えたとき、
この環境に留まる理由はなくなりました。

そして私は、
スキルを伸ばすための“前向きな転職” を選択しました。


まとめ|2社目は“修行の4年間”。だけど確実に自分を強くしてくれた

2社目という環境を去る決断をしたあと、
私は次のステップとして 転職活動を本格的に始めました

しかし実際に動き出してみると、
掲示される求人票や条件以上に、
「働きたい環境」「相談できる仲間の存在」という
“本物の生産技術者と働く意味” の方が重くのしかかることに気づきます。

次回は、
転職活動の記録③として、給与水準を落としたくないという条件を保ちながらも、
“本物の生産技術環境”で働くために動いた転職活動のリアルな実体験

を詳しく振り返ります👇


✨次回:3社目の転職活動編へ

次はついに、
「3社目へどう動いたのか?どんな企業へ応募したのか?」

▶【次回:転職活動の記録③|2回目の転職“本物の生産技術”で働きたい】
▶【前回:2社目総集編|地獄の中で掴んだ「技術者としての軸」】

▶ 2社目(自動車メーカー)キャリア連載(全6回+総集編・番外編)
①【1年目】転職初年度の“ギャップ地獄”。給料1.5倍でもストレス3倍
②【2年目】試作ノルマと理不尽な要求…“試作作業員”になった年
③-1【3年目前半】やっと設備検討らしい仕事が戻り、前職経験が武器に
③-2【3年目後半】“地獄の立会い”と会社の闇。製造×保全×メーカーの板挟み
④-1【4年目前半】未完成設備の搬入&試作地獄ふたたび。終わらない改善要求
④-2【4年目後半】量産設備検討と転職の決意。“本物の技術者”を求めた瞬間
◎【総集編】試作・量産設備・働き方・価値観の整理と2回目の転職の決断
◎【番外編】なぜ私は2社目を辞めたのか|職場環境まとめ ←今ここ

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